薄念仏会

毎年9月15日の午後1時30分から行われています。
本堂内陣の前机の前に置いた大花瓶に、薄、松、青竹を生け、青竹の高い位置に遊行四十二代尊任上人の「笹名号(ささみょうごう)」をかけます。内陣と外陣の境目に18個の白張提灯がつるされています。

薄念仏2
薄念佛H24-6

薄念佛H24-3

この薄念仏の起源については諸説あります。

『一遍聖絵』5巻には、宗祖一遍上人が全国を遊行していた際、奥州江刺を訪ねて、祖父である河野通信の墳墓を囲んで僧尼が座して念仏している姿があり、塚の上部には薄と思われる草が2、3株ほど描かれています。このとき踊り念仏が行われていたと思われ、時宗教団では「薄念仏」と称しています。

また、遊行二祖他阿真教上人が武蔵国を遊行中の嘉元・徳治(1303~08)のころ、柴崎村に疫病が流行し、神田明神に祀られている平将門の怨霊の祟りによるものであると信じられていました。

ときに真教上人はこの事を聞き、将門の霊を弔い「蓮阿弥陀仏」の法号を与えたところ疫病が治まったといいます。
村人は遊行二祖真教上人を村内の天台宗の日輪寺に留め、真教上人はこの寺を時宗に改め、神田山日輪寺と称したといいます。真教上人が将門の怨霊を鎮めるために薄念仏を行ったとも伝えられています。

さらに、遊行十四代太空上人は、加賀国篠原を遊行中の応永21年(1414)に実盛塚から斉藤別当実盛の亡霊があらわれ、供養を依頼して消えました。太空上人は、懇ろに供養したので亡霊は成仏できたといいます。

 

このように、怨霊供養を目的として行われたのが薄念仏であるといわれています。なお、藤沢市の伝承では18個の白張提灯は薄念仏が終了したときに、提灯を戴いて持ち帰り田・畑に吊るしておくと虫が付かないと信じられていたといいます。

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